中島敦 定本 『李陵・司馬遷』

●今日の、朝日新聞、文化欄に、中島敦の代表作『李陵』の定本刊行を報じている。作品名も「李陵」から「李陵・司馬遷」に変更したという。
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 中島敦は42年12月に亡くなった。「李陵・司馬遷」は10月ごろにほぼ完成したとみられる。400字詰め原稿用紙77枚の草稿には、おびただしい加筆訂正があり、言葉が併記された所も50カ所ほどある。浄書は5枚しかなく、草稿にも浄書にも題名はない。死後、中島夫人から託された先輩作家深田久弥が「李陵」と名付けて世に出した。

 今回編集したのは、『中島敦とその時代』などの著書がある山下真史中央大教授。「数十回は読んだが、校訂の問題で雑音の多いレコードを聴くような気持ちになるのが残念だった」

 例えば、最新の全集(2001年、筑摩書房)でも草稿に基づき、「女等を斬るべくカンタンニ命じた」と、違和感のあるカタカナ表記がある。草稿では「カンタンニ」は行間の狭いスペースに書かれている。定本では、後で漢字に直すはずだったと判断し、「簡単」に改めた。

 司馬遷登場の場面も従来は「ただ一人、苦々しい顔をしてこれらを見守っている男がいた」(岩波文庫版)。だが草稿の欄外には「一人の男が、たつた一人の男が、苦々しい顔をして之等を見守つてゐた」という文案が残っている。もう一人の主人公の劇的な登場を考えた中島の意をくみ、こちらを採用した。

 ほかにも「すでに討たれて戦死していた」などの重複表現や、判読が難しい読点の位置などを、中島の他の作品と照らし合わせて改訂した。その結果、すっきりと自然な表記になり、作品世界をよりすんなり感じられるようになった。

 山下教授は「傑作だからこそ、膨大な時間と労力をかけて雑音を取り除き、中島の意に添う形に近づける作業が続けられた」と話す。中島を研究している村田秀明熊本高専名誉教授と共同で作業を進めた。
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●山下真史中央大学教授の、『李陵・司馬遷』の草稿に対するテキストクリティークは、見事なものだと思う。近代文学研究も、着実な研究手法になってきたと、実感できるニュースである。
●本書は、 県立神奈川近代文学館で販売している(電話045・622・6666)。中島敦の会発行。2500円、送料114円。私は、早速、購入の手続きをした。

■『李陵・司馬遷』の草稿  朝日新聞デジタル より

■定本 『李陵・司馬遷