影印本・3

●古典の複製本出版で忘れられないのは、桜山文庫の『春雨物語』を出した時のことである。この桜山本『春雨物語』は、文化五年本で上田秋成が没する前年のものである。文化6年の最終稿本が自筆で伝わるが、欠落があり完全本ではない。完全本としては、文化五年のこの桜山本と天理本・漆山本があり、テキストとしては桜山本が最も優れたものである。しかし、この写本は、まず、墨書で書写し、一部朱筆で補筆している。この、墨書・朱書をどのように評価し判断するかが、テキストクリティークの問題点となる。私は、悪戦苦闘の末に結論を出した。

●この写本を複製出版するには、スミの単色では研究の使用に耐えないだろう。出版社の池嶋氏に交渉して、墨・朱の2色刷にしてくれるよう、お願いした。許可は頂いたが、作業は非常に大変である。墨版と朱版の2枚の刷版を作る。技術上のことは、私には分からないが、墨・朱の校正には、大変な神経を使った。この複製本は、出版社の製版者と私の共同作業であった。

●晩年、衰えた視力と、迫り来る死と戦いながら推敲を続けた、秋成の創作意欲と執念を思いながら、1字1字、1行1行、1丁1丁、慎重に綿密に、検版・校正を重ねた。影印本にはこんなケースもある。

■■桜山本『春雨物語』現在は昭和女子大学図書館所蔵