大久保房男氏御他界

●もと『群像』編集長の大久保房男氏が御他界なされた。92歳である。

  心からお悔やみを申し上げます

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大久保房男さん(おおくぼ・ふさお=作家)が25日、十二指腸乳頭部がんで死去、92歳。葬儀は近親者で行った。喪主は次男雄策(ゆうさく)さん。

 三重県生まれ。慶応大学国文科卒業後、講談社に入社。1955〜66年、文芸誌「群像」の編集長を務め、遠藤周作吉行淳之介現代日本文学の秀作にかかわった。92年、70歳で小説「海のまつりごと」が芸術選奨文部大臣新人賞。「終戦後文壇見聞記」「戦前の文士と戦後の文士」など。
   朝日新聞 より
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●私は大学を卒業した3月から、日本橋蛎殻町の出版社、桃源社の編集部にお世話になった。入社早々の私に編集長は、講談社の『群像』編集部へ行くように命じられた。もちろん、編集長が事前に了解を取ってくれての、お使いではあったが。『群像』編集部に伺い、同誌に掲載された、奥野信太郎先生の原稿をもらうことであった。1962年、奥野先生の『紅豆集』が発行された。
●後年、講談社の友人、田中宏氏と草津講談社の寮に遊びに行った。2人で温泉に入ったら、何と、そこで、大久保氏に出会ったのである。その夜は、田中氏の御配慮で、大久保氏に貴重な御話しを伺うことができた。大久保氏は私達の論文にも目を通していて下さり、今後も、精進して、良いものを書くようにとお言葉を賜った。
●たぶん、奥野先生の原稿を頂きに行った時も、大久保氏が編集長だったのだと思う。私は、以後、大久保氏の活躍を蔭ながらお伺いし、尊敬していた。見事な編集者であり、作家だったと思う。

大久保房男氏 ネットより