花子の勤めた出版社 教文館

●NHKのTwitterが届いた。私は、フェイスブックは、昭和女子大富士川舟下りだけ見る。ツイッターはNHKだけ登録している。あとは見ない。今日、NHKのTwitterから花子とアン」銀座に隠れた人気スポットが届いた。
●この、朝のドラマは時々見ていて、出版社の編集部と、印刷所の様子が、とても興味深い。近代日本の出版の状況を知る上で、といも面白い。ことに、印刷所は、出版社と同様に、文化的には高いレベルの職業だったことが推測される。
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ニュース詳細「花子とアン」銀座に隠れた人気スポット
7月7日 10時53分
放送中の連続テレビ小説花子とアン」。
ドラマのモデルとなった翻訳家の村岡花子が編集者として勤めていた出版社が、今も書店として東京・銀座に現存していることをご存じでしょうか。
来年創業130年を迎えるこの書店が、今、ファンの間で人気スポットになっています。

.3階に花子が勤めた編集部その書店とは、有名デパートや一流店が建ち並ぶ東京・銀座の中央通りの老舗書店「教文館」です。
今の建物は昭和8年に建設されて大空襲も奇跡的に逃れ、ことし築81年です。
教文館はもともと、アメリカから来日した宣教師が明治18年に設立した書店を兼ねたキリスト教の出版社で、銀座で数か所を転々としたあと明治39年に現在の場所に落ち着きました。
村岡花子は26歳のときから19年間にわたり教文館の編集者として働き、2代目となる現在の建物でも、44歳までの4年間働いていました。
今回、書店が昔のビルの図面を調べたところ、花子のいた編集部が3階の売り場にあったことが分かりました。
現在はキリスト教の書籍が販売されている場所の一角に当たり、30平方メートルほどの狭いスペースです。
書店では、かつて編集部があった場所に白いテープを貼ったうえで、村岡花子の等身大のパネルも置いて紹介し、店を訪れる人のちょっとした人気スポットになっています。
ドラマとは違って編集部には外国人の宣教師が多くいて、花子は彼らと一緒に子どものための雑誌「小光子」を作ったり、翻訳の仕事をしていました。
実は、「赤毛のアン」の原書を花子に託したのも、編集部で花子の上司だったショー女史で、「赤毛のアン」も教文館と深い縁があるのです。
教文館と白蓮との意外な縁さらに、このビルの古い台帳を調べたところ、意外な人物がテナントとして入っていたことも分かりました。
ドラマでは、はなの親友として登場する伯爵家の令嬢、蓮子。
そのモデルは、大正の三美人とうたわれる歌人柳原白蓮です。
この白蓮と駆け落ち事件を起こして白蓮の夫となる宮崎龍介が、昭和12年にビルの6階に法律事務所を構えていたことが分かったのです。
社会運動家として知られる宮崎は、後に弁護士活動をしていたことでも知られていますが、このビルを拠点にしていたのです。
妻の白蓮が夫の事務所を訪ねてこの建物を出入りしていた。
教文館は、そんな想像をしています。
わが子の死を乗り越えて花子ゆかりのこの建物では、今、その生涯を振り返る展示会も開催されています。
戦火の中、命がけで翻訳した「赤毛のアン」の直筆の翻訳原稿や、夫と結婚前に交わしたラブレターの数々、女学校時代の写真など150点の資料が展示され、連日、大勢のファンが訪れています。
展示会では、花子の内面にも深く迫っています。
その一つが33歳の時に直面したわが子の死です。
まだ5歳だった長男・道雄を突然の病で失った日の夜、花子はある文章を遺しています。
花子が編集にも携わったとみられる「小鳥のささやき」という翻訳物の児童書の余白のページに書き込まれていました。
会場で展示されているこの文章をご紹介します。
「ミチヲチャン、アナタト、イッショニ、コノゴホンノ、オエヲミヨウトオモッテイタノデスヨ。
アナタハ、オエヲミナイウチニ、イッテシマッタノネ。
コンヤ、モウ、バウヤハテンノオウチネ。
カアサマハサミシイノヨ。
アメガフッテキマシタ。
カアチャマノココロニモアメガフッテイマス。
カハイラシイオタカラノミチヲチャン。
大正15年9月1日道雄永眠の夜」
(道雄ちゃん、あなたとこのご本の絵を見ようと思っていたのですよ。
あなたは絵を見ないうちに逝ってしまったのね。
今夜もう坊やは天のおうちね。
かあさまはさみしいのよ。
雨が降ってきました。
かあちゃまの心にも雨が降っています。
かわいらしいお宝の道雄ちゃん)

わが子の死をきっかけに、花子は日本中の子どもたちのために上質な文学を届けようと決意、その後は海外の児童文学を次々に翻訳し、名作「赤毛のアン」を世に送り出しました。
村岡花子は昭和43年に75歳で亡くなりますが、会場には、亡くなる7か月前に家族に宛てた印象的な花子の手紙が展示されています。
手紙には、「さようなら!一家そろって幸福にお暮らしなさい。
母の霊はいつもあなた方を守っていることでしょう。
私は、愛し且つ愛されて真実の幸福を味わいました。ありがとう」などとつづられ、苦難も多かったみずからの人生を幸せだったと言い切っています。
展示会「村岡花子出会いとはじまりの教文館」は、東京・銀座の教文館で今月14日まで開かれています。
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■NHKのTwitterから

教文館