深沢七郎 『風流夢譚』 電子化

●今日の朝日新聞によると、深沢七郎の小説『風流夢譚』が電子書籍として解禁されたという。この小説は、昭和35年(1960)12月号の月刊誌『中央公論』に掲載された。主人公は夢の中で、「革命」に遭遇し、「天皇」などが「処刑」される状景を見る。世間では、皇室への侮辱だという批判が噴出し、この小説の影響で、中央公論社の社長宅で殺傷事件が起こった。深沢七郎は、この殺傷事件に衝撃を受けて、この小説の書籍化を封印した。
●今回、電子書籍として発行したのは、志木電子書籍の京谷六二氏で、氏の父が中央公論の担当編集者だった関係からという。京谷六二氏は、その理由を次のように述べている。
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私はこの小説は60年安保が一段落した後、つまり空前の盛り上がりを見せた安保闘争が、その改定が自然成立するとともに急激に退潮した時期に書かれたのではないかと思いました。
つまり、革命前夜のごとき様相から一挙にシラケへと転換した世相を見て、深沢氏は「なんだ、安保闘争というのはその程度のものだったのか。これまで自ら革命を起こしたこともなく、民主主義も戦勝国からいただいた国民が、今回は何かしらやるのかと思って見ていたら、結局、なにも起らなかったのだから話にならないなア」という感想を持ったのではないかと思うのです。深沢氏はそんな日本人への皮肉をこめて、革命にわくわくする主人公を登場させ、しかし最後は夢で締めくくったのではないでしょうか。
ここで、話は急に飛んでしまいますが、私は現在の日本の状況を異常だと考えています。東日本大震災によって多くの方々が被災し、さらに東京電力福島第一原子力発電所破局的な事故を起こし、人類史上未曾有の放射能災害が現在も進行中です。

にもかかわらず、その最大の責任者である東京電力は、経営者の誰一人として逮捕されることもなく、事故後も事故前と同様に傍若無人の限りを尽くしています。
ところが、国民はいわゆる「原子力マフィア」の人びとがどれだけデタラメをやっても怒りません。無論、個人的に怒っている人はいますが、それが大きなうねりとならないのが現実です。
私はこれが本当に不思議なのですが、そう思うのは私だけではなく、知り合いの何人かのジャーナリストは異口同音に、「日本以外だったら、とっくの昔に暴動が起きている」と言っています。
東電の話はこれぐらいにしておきますが、そういう社会状況を踏まえて「風流夢譚」という小説を読むと、この小説で当時の最高権威であるがゆえに革命の対象となった皇室は、今なら東京電力なのかもしれないなと思えてきました。
無論、これは私個人のこじつけ的な「読み」ですが、少なくとも深沢氏は60年安保をつぶさに見た上で、「こりゃあ、この国では何があっても何も変わらないんだなア」と見抜いたのだと思うのです。そして、その体質が50年の時を経て、日本に未曾有の放射能災害をもたらしたのではないか……。
最初に「風流夢譚」を出そうかと思った時には、心の中に多少の山っ気があったことは否定しませんが、一方でいくら私のような小さな小さな版元であるとは言え、やはりリスクがあるのも事実です。それでも、最終的に電子化の背中を押したのは、以上のような読み方もできるのではないかと考えたからでした。
幸いなことに、深沢氏の著作権継承者からも電子化のご了承をいただくことができ、こうして中村氏の著書(この本についても書きたいことはたくさんあるのですが、長くなってしまうので割愛いたします)も含めて3冊の「風流夢譚」本をリリースするに至ったわけです。
現在までの弊社のラインナップは、そのすべてというわけではありませんが、「戦後」というものについて多少こだわっています。すでに昭和も遠く、平成の時代にそんな昔のことをと言われてしまえばそれまでですが、現在の国難の原因は実は昭和、それも戦後にあるのではないでしょうか。そのツケが今、噴出しているのだとしたら、「戦後」というものを今一度見直してみることは意味のあることではないかと思っています。
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●この作品に対する評価は、かなり極端に分かれている。吉本隆明は「月例の作品のなかでは最上等の部」と評価し、武田泰淳は「痛快な作品」と評価した。しかし、世間一般では、批判的な評価だった。深沢七郎は、殺傷事件後の会見で、「私が一番の責任者」として、作品の書籍化を許可しなかった。
●私は、今回、京谷六二氏のコメントの中に掲載されている、『中央公論』掲載の作品を初めて見た。作家というものは、書きたい事を書くのは、トイレに行ってウンチをするようなものである、と深沢七郎は書いていたと思う。深沢は、この作品を書かなければ、気が狂ったのだろう、そのように、私は思う。作品の評価は、時間が下すだろう。
■『風流夢譚』 『中央公論』掲載 京谷六二氏のサイト より

■テロ事件の後、記者会見する深沢  朝日新聞 より