2月の詩  記憶と記録   谷川俊太郎

記憶と記録


こっちでは
水に流してしまった過去を
あっちでは
ごつい石に刻んでいる
記憶は浮気者
記録は律義者


だがいずれ過去は負ける
現在に負ける
未来に負ける
忘れまいとしても
身内から遠ざかり
他人行儀に
後ろ姿しか見せてくれない


朝日新聞 夕刊 2月4日

●記憶と記録●

●私は、今、55年前の事を記している。4月に出る雑誌に発表したいと思っている。食事の時、その頃の事を振り返って、様々話すと、サイクンは、胸がいっぱいになって、苦しいから止めてくれと言う。もう、水に流したことなのに、律義者は、昔日の日々を克明に話す。谷川俊太郎の今月の詩には、衝撃を覚えた。