深沢七郎の弟です ?

●私は、昭和女子大学の講師になりたての頃、1年生向けの芭蕉の講義の時間に、少しでも学生の注意を惹きたいと、「私は、『楢山節考』の深沢七郎の弟です。」と言ってしまった。学生の反応は、イマイチだったけれど、効果はあって、芭蕉に入ってしまった。

●2、3日後、キャンパスで、深沢先生ッ! と学生に呼び止められた。「深沢七郎の弟に芭蕉の講義を受けている、と母に話したら、素晴らしい先生に習っているね、と申していました」と告げられた。来週、続きをお話ししますね、と繕っておいた。私は、学生には、虚構は話さず、事実を伝えるように心掛けていた。作り話をしても、すぐ訂正するように心掛けていた。この時は、『楢山節考』から芭蕉に移って熱中してしまって、訂正するのを忘れたのである。次の週の、講義の冒頭で、この一件の顛末を話して、お詫び申し上げた。

●誠に、大それた虚構を持ち出したものだと、今も、深沢七郎に申し訳ないと思っている。そして、たとえ、ひと時と言えども、私の講義を履修してくれた学生と、そのお母さんに、事実ではない事を話してしまい、申し訳ないと思っている。