新海均著 『深沢七郎外伝』

朝日新聞の読書欄に、三省堂神保町本店 福澤いづみ氏が、介護とは何か、ということを改めて考えるための4冊の本を紹介していた。その中に、有吉佐和子の『恍惚の人』と共に、深沢七郎の『楢山節考』が入っていた。

(1)『楢山節考』は、よく知られた姥(うば)捨て伝説を題材にした物語。
幼い頃、この本を原作にした映画を見て、カラスが舞う岩山に年老いた母を置き去りにするシーンに、胸がふるえるような恐れを感じた。 今、原作を読んで心に残るのは棄老という行為の非情さよりも、むしろ貧しい村のおきてを粛然と受容する老母と息子との静かな情愛の交流である。
 福澤氏は「『介護』以前には、日本には、こういう世界が確かに存在したのだろう。親子のそれぞれを思いやる心が、やがて介護へと変遷していったのだろうか」と言われたという。

●そうか、そのようにも読めるのだな、と思った。私は、今、新海均氏の『深沢七郎外伝』(2012年2月10日、2刷、潮出版発行)を読んでいる。著者の新海氏は、大学を出て、光文社に入社、編集者として、深沢七郎の担当もされたという。この本を読んで、深沢七郎という作家の特異な生き方に、興味を覚える。このような人生もあるのだナ、と思わずに居られない。

深沢七郎(ふかざわ しちろう、1914年(大正3年)1月29日 - 1987年ウィキペディアより引用)
山梨県東八代郡石和町(現笛吹市)に生まれる。旧制日川中学校(現山梨県立日川高等学校)卒業。中学の頃からギターに熱中し、ギタリストとなる。1923年(大正12年)には京浜地方を中心に発生した関東大震災を生家で体験し、後に『庶民列伝』において回想を記している。1954年、「桃原青二」の芸名で日劇ミュージックホールに出演した。
1956年に姥捨山をテーマにした『楢山節考』を中央公論新人賞に応募、第1回受賞作となった。三島由紀夫らが激賞して、ベストセラーになった。また、戦国時代の甲州の農民を描いた『笛吹川』も評判になった。しかし一度も芥川賞候補になっていない。
1960年に『中央公論』に発表した『風流夢譚』では、天皇・皇族が殺害されるシーンを描いたため、翌年中央公論社長宅が右翼に襲撃される嶋中事件が起こった(風流夢譚事件)。そのため筆を折って各地を放浪した。放浪中も『放浪の手記』などを執筆。

●同じ山梨県出身で、同じ深沢でも、七郎と秋男では、大した違いである。奇才と凡人の差であろうか。母親と息子の絆を形象化し、原子力発電に警鐘をならした先人がいた、それだけでも、敬服する。

■新海均氏『深沢七郎外伝』

■『楢山節考