横山重先生の御学恩

■『江戸雀』
近世文学資料類従 古板地誌編・9、B5判、424頁、昭和50年11月23日、勉誠社発行、定価10000円。原本所蔵者 赤木文庫、監修 横山重、解説者 深沢秋男。(1)凡例、(2)影印編(江戸雀、巻1〜巻12)、(3)解題

●この本の担当は、横山先生から直接指名された。それまで、『江戸雀』の初印本は、全く知られていなかった。従って従来の研究では、和田万吉氏・高木利太氏・長澤規矩也氏・丸山季夫氏のいずれも、この『江戸雀』の著者を菱川師宣(吉兵衛)としておられた。これは、後印本の刊記に拠ったためである。

●昭和48年9月11日 横山重先生から封書を頂き、今度、勉誠社で古板地誌の複製を出版する事になった。収録予定リストを送るので、担当希望の作品を出すように。という連絡を頂いた。担当者には何名か考えているので、各自の希望が出たところで調整して決定したい、というもの。私は江戸関係の作品、1、2点に印を付けて返送した。その結果、『江戸雀』の担当を指示された。

●昭和49年6月7日、伊東の横山先生宅へ伺い、①江戸雀初印本(再度)、②江戸雀後印本、③新板江戸大絵図、④東海道分間絵図、⑤改撰江戸大絵図、の5点を拝借した。これだけ1括して紙袋に入れて持ち帰った。借用書は不要と申され、しかし、電車の中では、決して広げないように、家に帰って、ゆっくり調べなさい。と注意され、これだけあれば、家が一軒建つからね、と添えられた。私は、横山先生の御温情に感謝しながら、研究を進め、解題執筆に励んだ。

●昭和50年12月13日(土)『江戸雀』ができて、編集の中村さんが4冊届けてくれた。
私はその日に、まず、恩師・長澤規矩也先生にお届けして報告した。実は長澤先生は、前年の5月に、有峰書店から、江戸地誌叢書10巻を企画し、その中に『江戸雀』を影印と活字翻刻で収録すると公表されていた。これを知った横山先生は、先方はやはり後印本が底本のようである。しかし、それより、こちらは先に出すように、と解説原稿の仕上げを急ぐ事を指示された。私は、横山先生と長澤先生の板挟みの状態になってしまった。いずれも尊敬している大切な先生であった。この間、長澤先生には一切接触しないようにして、解説原稿を書き上げた。そして、この日になったのである。私は事情を説明してお詫びした。長澤先生は本を広げて、良い本だ、良くやった、こちらはもう出さなくていいね。と私のこの間の失礼を許して下さり、本の出来映えを誉めて下さった。

●次の日に、伊東の横山先生のお宅へ伺い、勉誠社から預かった本をお届けした。先生は、良くやった、と労いのお言葉をかけて下さり、大変喜ばれた。

●この『江戸雀』は、1冊の複製本であるが、その本当の著者を解明した画期的な本であり、その担当者に選ばれた私は幸せであった。私としては、尊敬する2人の先生の御意向の板挟みの中で進めた調査研究であり、忘れる事のできない1冊である。

■横山先生から拝借した古地図
『改撰江戸大絵図』


東海道分間絵図』


『新板江戸大絵図』