江戸図の遠近道印

●江戸の古地図で思い出すのは、寛文5枚図の制作者・遠近道印のことである。昭和50年(1975)であるから、もう36年も前の事である。私は、古版地誌の中でも最も重要な『江戸雀』の担当を、横山重先生から命じられた。それまで『江戸雀』は菱川師宣の著とされていた。その定説を覆す初印本を横山先生が所蔵しておられ、その複製本の解説を私に担当させて下さったのである。

●『江戸雀』初印本の奥付には、
武州江戸之住 近行遠通撰之
    同絵師 菱川吉兵衛」
とあった。ところが、後印本は、
武州江戸之住 
     絵師 菱川吉兵衛」
と一部を削除してしまったのである。この作品の初印本は伝存が非常に少なく、多くの研究者は、後印本で研究していた。そこで、この『江戸雀』の著者も絵師も菱川吉兵衛・師宣と決めてしまったのである。

●しかし、横山先生の所蔵本の出現で、著者が判明した。正確には、著者は近行遠通で、絵師は菱川吉兵衛ということになる。

●私は、毎日毎日、国会図書館へ通って、近行遠通のこと、遠近道印のこと、寛文五枚図のこと、『江戸雀』のことを調べた。遠近道印は、多くの人々の興味を集めていたので研究文献も多かったが、横山重氏・秋岡武次郎氏・田中鈇吉氏の優れた研究によって、1つの推測を提出することが出来た。

『江戸雀』の著者・近行遠通=江戸図の権威・遠近道印=藤井半知

という説である。その後、この私の提出した説がどうなったか、確認はしていない。しかし、横山先生の貴重な資料によって、一石は投じたと自負している。

■『江戸雀』の初印本と後印本
初印本の奥付


後印本の奥付