南風  諫川正臣

■『黒豹』127号 より■

 南 風

上総の丘に立つ東京湾観音
視線は遠く 南方を向いている
硫黄島からサイパン
さらにその先はソロモン群島か
帰れなかった戦没者の魂に
そそがれている大慈の眼差し


おびただしい魂たちは
北上するウスバキトンボの背に
思いを乗せてくるのだと
いつからか信じるようになった


南風に乗り 台風に乗り
大挙して飛来するウスバキトンボ
ひと月で世代をくりかえし
盆の頃には北の果てまで
日本の夏を群舞する
精霊トンボとも呼ばれるゆえん


飛翔の力は強くても
寒さに弱く 越冬できず
ことごとく死滅する


観音の眼差しに惹かれてか
くる年も くる年も
飛来してくるウスバキトンボ

●今日、『黒豹』127号を頂いた。千葉県館山市の諫川正臣氏が編集発行する詩誌『黒豹 KURO HYO』NO127、平成23年7月31日発行。巻頭には、諫川氏の詩の師、尼崎安四の『微塵』が載る。これは厳しく鋭い詩だ。諫川氏の『南風』を読んで、南方の激戦に命を捧げた兄を思った。私は2人の兄と1人の従兄弟を第2次世界大戦で失った。書斎には3人の写真を掲げて、感謝の念を捧げながら、研究に取り組んでいる。

■『黒豹』127号

■私の兄と従兄弟
この尊く敬愛する人たちの犠牲の上に、私の人生は在る