書写

●今日の「天声人語」によると、京都の大石さんの奥さんは、2年前に他界されたが、10年以上にわたって、「天声人語」を書き写しておられ、そのノートは27冊になったという。奥さんは、就寝前の30分間を書写の時間に充ておられたという。近時、「天声人語」を書写する専用のノートを発売したら、売れ行き好調だともいう。パソコンやメールに押されて、万年筆や書簡箋・封筒の陰が薄いコンニチ、心温まる記事である。

●私の体験を振り返ると、研究生活の9割は書写時代であった。何でもノートに書き写した。ゼロックスなどのコピー機が開発された時、便利で感動はしたが、一抹の不安もあった。複写して保管し、読むのが疎かにならないか、という不安である。

●大学時代の講義も、全てノートをとった。大学には雑記帳1冊を持ってゆき、全科目を1冊に書き、帰宅してから、科目別のノートに整理して転記した。卒論の仮名草子可笑記』は、当時、『徳川文芸類聚』『近代日本文学大系』に翻刻収録されていたが、これらの叢書は古書店で8000円位していた。昭和35年のことである。とても購入できないので、作品全文を書写した。大学ノートで8冊である。研究であるから、先人の説を吸収しなければならない。私は「諸説書き抜」というノートに書写した。別に「卒論ノート」を作って、毎日の作業内容や、アイデアや自分の意見をメモした。これらも10冊以上にはなった。

●私は字は下手であるが、よく書き写したので、この年になっても、様々なことが記憶されているように思う。書写することは効果的のようにも思う。上野図書館で『可笑記』の版本を書写したのを思い出す。

■『可笑記寛永19年11行本、鹿島則幸氏旧蔵本

■無刊記本、長澤規矩也先生旧蔵本

■絵入本、横山重先生旧蔵本