宮本武蔵 『五輪書』

●NHKの、歴史秘話ヒストリアで「宮本武蔵」を見た。近世初期、徳川家康が天下統一を果たした後、徳川家の安定を図るために、転封改易を連発した。その結果、主家を失った武士の浪人が激増した。大失業時代、現在の社会状況と似ている。『可笑記』の著者・如儡子もその1人であった。彼は、医と文の道で生き抜こうとした。宮本武蔵は、武者修行に活路を求めたらしい。はじめ仕官のことも念頭にあったかもしれない。しかし、次第に剣の道を究めることに向かい、そこに生涯を捧げた。

田中宏氏は、大学卒業と同時に剣道を始め、講談社に勤務しながら、社の伝統ある野間道場で鍛錬してきた。四段は合格、以後、受験はしていないが、毎日、稽古を続け、実力は七段か八段の境地だと思われる。私は、昭和女子大学の剣道部の学生がお世話になったので、何回か野間道場を訪ね、田中氏の稽古を拝見した。仮名草子研究者としての彼とは別人であった。普段、優しい彼が、瞬間的に鳥のように床を蹴って相手の面を討った。

●田中氏の『五輪書』の研究も長い、『近世初期文芸』に最初の論文を発表されたのは、平成13年であるから10年前である。以後、剣道の稽古と『五輪書』の研究を続けられ、平成18年発行の『日本古典への誘い 100選 1』(2006年9月9日、東京書籍発行)の『五輪書』の項を執筆された。

■『五輪書』は兵法の世界における『花伝書』だ。
■物を学ぶに「易きより難きに」は、まるでデカルトの方法論だ。

●この見出しを付けた、田中氏の作品解説は見事な内容となっている。長年、剣道の鍛錬に打ち込みながら、古典研究に取り組んできた、その成果が実を結んだ。彼の研究が一書としてまとまる事を念じている。

宮本武蔵は、最晩年の書『独行道』21か条で「我 事におゐて後悔をせず」と書いている。1つ1つの行動・行為を振り返って後悔はなかった、と言い切っている。生涯を剣の道に捧げた、見事な往生であろう。

■『日本古典への誘い 100選 1・2』

■田中氏執筆の『五輪書』の項