●明治の法律家、鶴田皓が、明治12年のころ、父の80歳の賀を祝して編纂した書画帖『鶴鳴帖』に、鈴木重嶺が一首を寄せている。明治の有名人達が、書や歌や漢詩を寄せている。
●「寄巌祝 重嶺
さされいしのむかしの世さへとりそへて 君をいはほによそへつつ見む」
●明治12年というと、重嶺66歳、官職を辞し、家督も重明に譲り、歌の道を楽しんでいた頃である。『鶴鳴帖』には、勝海舟や高崎正風・三田葆光・力石重遠なども歌を寄せている。重嶺は、諸方の歌会にも、気安く参加していたので、このような計画にも参加していたのであろう。
■鈴木重嶺の歌