日本電子書籍の国際化

●8日、総務省文部科学省経済産業省の三省の懇談会が、日本語書籍の電子化の規格を統一する方針を発表したという。現在、出版社は、電子書籍の端末が異なる規格であるため、それぞれに対応する必要がある。この規格を統一すれば、出版社のコスト削減にもつながり、日本の電子書籍を世界に発信する場合に活用できるだろう、という事らしい。この問題に政治が動いた事は、小泉政権時代とは雲泥の差で、グーである。

●私が、初めてパソコンを購入した時、ワープロソフトは「一太郎」全盛時代で、量販店の店員は、今、「ワード」しかありませんが、少し待ちますか、と言う。私は、ワードで結構、と言って購入。従って、私は一太郎を使ったことがない。現在、ワードが世界を占有している。日本文化にとって、これで宜しいのか。

●縦書き、漢字・仮名混じり、振り仮名付き、という日本の文章は、欧文主体のソフトでは、思うように、きめ細かい対応はむずかしい。その点を考慮した、日本語の電子書籍に最適な閲覧フォーマットを開発し、その国際標準化を目ざすらしい。
素晴らしいことである。

●因みに、現在、私が進めている、如儡子・斎藤親盛の百人一首の注釈書は、近世初期の啓蒙期の著作にふさわしく、本文・頭注ともに、漢字には全て振り仮名が付いている。この原稿をワードで作成するには、気の遠くなるような指定が必要になる。何とかナランカイ、と言いたくなる。それが現状である。


■■朝日新聞 2010年6月9日