如儡子 の 「百人一首」注釈

●斎藤親盛(如儡子)は、日本の伝統的な和歌の集成とも言うべき、「百人一首」の注釈に挑戦した。それは、39歳、寛永18年(1641)の時であった。次の寛永19年に『可笑記』の初版が発行されている。しかし、列帖装・15帖・209丁という膨大な注釈書は、出版されることなく、写本として伝えられた。この労作を書き上げた時、如儡子は、その跋文で、この和歌集の趣を書き綴ってみたが「まことに、せいえい海をうめんとするにことならずや。」と記している。中国故事「精衛海填」は、実現不可能なことを企てて徒労に終わる、というたとえであるが、現在、伝わる注釈書・『砕玉抄』(さいぎょくしょう)は、当時の一般庶民に対して易しく書かれた、貴重な内容となっている。



砕玉抄』(さいぎょくしょう)

百人一首注釈書。写本、列帖装、15帖。

著者  斎藤親盛(如儡子) 

奥書に「時寛永巳之仲冬下幹江城之旅泊身/雪朝庵士峯ノ禿筆作/如儡子居士」とあるので、如儡子・斎藤親盛の著作として誤りはないだろう。

書名 

如儡子・斎藤親盛の「百人一首」の注釈書には、『砕玉抄』の他に、『百人一首鈔』『酔玉集』『百人一首註解』が伝存している。武蔵野美術大学美術資料図書館・金沢文庫所蔵の『砕玉抄』には、前表紙の中央上部に「砕玉抄」と直接墨で書かれている。1丁裏の内題は「百人一首」とある。国会図書館所蔵の『酔玉集』には、3冊とも題簽に「酔玉集」とある。「酔玉集」ならば、「玉に酔う」「珠玉の和歌に陶酔する」ということで、書名となる。「砕玉抄」の場合、原典の内容をかみ砕いて、分りやすく読み解く、という意味に解釈すれば、これも書名として不自然ではない。また、「抄」は、近世初期の古典注釈書に多く使用されていて、「注釈」の意味である。

成立 

奥書に、「時寛永巳之仲冬下幹江城之旅泊身/雪朝庵士峯ノ禿筆作/如儡子居士」とある。寛永の年号の中で巳年は、6年と18年である。6年に如儡子は27歳、18年には39歳である。また、寛永6年には『可笑記』の執筆を開始している。このような諸条件を考慮して推測すると、この『砕玉抄』の成立は、寛永18年(1641)、著者39歳の頃とするのが妥当と思われる。

内容 

百人一首」の注釈書。巻頭に序説がある。第1・天智天皇から、第100・順徳天皇まで収録。各項は、歌人名、歌人略伝、和歌、注釈となっており、略伝・注釈に対して、小字の頭注を付す。『砕玉抄』の歌人の配列順序は、一般的な百人一首の配列とは異なり、異本百人一首系統の配列となっている。

特色 

著者は本書の奥書で、ある鄙人(田舎の人)の依頼によって、自らの非才をも省みず、この百人一首の注釈書を執筆したと言っている。それまでの百人一首の注釈書は、秘伝的・口伝的で貴族趣味に傾倒していたが、本書は、それらとは異なり、非常に易しい内容で、一般庶民に普及しようとする意図が推測される。本文は言うまでもなく・小さい文字の頭注にも、大部分の漢字に振り仮名が付けられている。ここにも、仮名草子作者と共通した啓蒙的態度をみることができる。

諸本

1、 砕玉抄、武蔵野美術大学美術資料図書館・金原文庫蔵、半紙本、列帖装、写本1冊、15帖・209丁。奥書「時寛永巳之仲冬下幹江城之旅泊身/雪朝庵士峯ノ禿筆作/如儡子居士」。歌人の配列順序は異本百人一首系統の配列に近い。本書は、列帖装であり、摩損等の状態から判断して、かなり年数が経過しているものと思れ、近世初期の書写本の可能性があり、その上、第7番歌、参議篂の歌の関係から、この写本は、著者・如儡子の自筆本の可能性さえ考えられる。極めて貴重な存在である。もちろん、本文も最も優れたものと判断される。

2、 百人一首鈔、水戸彰考館文庫蔵、大本、写本4冊、342丁、奥書は『砕玉抄』と同様であるが、その後に「寛文二壬寅歳晩夏中旬/重賢書之」とある。従って、この写本は、寛文2年(1662)に「重賢」によって書写されたものということになる。『砕玉抄』を写したものと推測されるが、非常に忠実に書写されている。歌人の配列順序は異本百人一首系統の配列に近い。「重賢」の詳細は未詳であるが、二本松藩の人物の可能性がたかい。

3、酔玉集、国立国会図書館蔵、大本、写本10巻10冊、251丁、内容は『砕玉抄』と同様であるが、歌人略伝の後に、系図を掲げている歌人もある。奥書は「時寛永巳仲冬下幹江城之旅泊身雪朝庵士/峯一禿筆作也」とあり、1行あけて、次の年記「于時延宝庚申秋涼」がある。歌人の配列順序は、一般的な百人一首の配列と同様になっている。

4、 百人一首註解、京都大学附属図書館蔵、半紙本、写本2冊、139丁、奥書は無い。歌人の配列順序は、一般的な百人一首の配列と同様であるが、88番歌以下が異なる配列になっている。また、17番歌・在原業平の注釈は、3行と7字で、以後は空白になっている。

翻刻

1、 砕玉抄、序説・第1天智天皇〜第60清少納言(深沢秋男校訂、『文学研究』第93号・第94号、『近世初期文芸』第22号・第23号、平成17年〜平成18年)。以後は全巻を単行本として出版する予定。

2、 酔玉集(深沢秋男校訂、『近世初期文芸』第13号・第14号、平成8年〜平成9年)。

3、 百人一首註解・百人一首注釈書叢刊・15(島津忠夫・乾安代

 編、1998年2月28日、和泉書院発行)。

■■「精衛填海」冨樫省艸 刻






■「武心士峯」 如儡子法名

■「雪朝庵士峯」 如儡子の号