『井関隆子日記』 ・ 平成の評価者

●真下英信氏の「井関隆子の自然を見る目」(『慶應義塾女子高等学校研究紀要』第27号、2010年3月刊)という論文を読んだ。27頁の力作である。しかも注記は何と257箇所に付されている。つまり、徹底的に実証的な論文である。27頁の言説にいかに大量の情報が注入されているか、ということであろう。私は、この真下氏の論文を2時間ほどかけて読んだが、その内容に圧倒されて、何度も何度も唸った。

●幕末に、この世に60歳の生を享けて、歌文を遺した女性・井関隆子は、160年後の平成の現代に、良き理解者にめぐりあった。真下氏は、井関隆子の「自然を見る目」を明らかにするために、鶯と時鳥、薄・尾花を取り上げて詳細な分析を加えておられる。

●「本小論の結論は次の二点となろう。第一に、彼女は従来の日本人と異なり己の心情と切り離して風景を客観的に眺める能力に長けていた事実が明らかにされる。加えて、従来の形式に捉われることなく己の目で月を客観的に眺める姿勢は、単なる歌論にとどまるものでもなく自然や風景の観察に限られたものでもなく彼女の生涯に通底する精神であった事実が示される。第二に、彼女のように己の心情と切り離して風景を客観的に見る態度が知識人の間に広がっていればこそ日本人は明治維新を経て伝統を受け継ぎながらも新たな文学を開拓すると同時にヨーロッパ文化とりわけ自然科学を円滑に受容できたのではないかとの主張がなされるはずである。」

●真下氏は、このような結論を最初に提示して、『井関隆子日記』全体の分析・考察を加えられる。この作品を発見し紹介した私の作品論を大きく乗り越え、前進して下さった。作者・井関隆子のためにも、私から御礼を申し上げたい。

■■真下英信氏「井関隆子の自然を見る目」