板坂則子氏の労作 『曲亭馬琴の世界』

専修大学教授・板坂則子氏の『曲亭馬琴の世界――戯作とその周縁』が刊行された(平成22年2月20日、笠間書院発行)。A5判・710頁の労作である。黄表紙・合巻・読本など、膨大な数の作品を遺した大作家・馬琴に対して、真正面から、全面的に取り組んできた板坂氏の、これまでの研究をまとめたものである。しかし、これは氏の研究の全てではなく、なお進行中である。本書は労作であり、快著であろう。私は、このずしりとした馬琴の研究書を前に、ただ、驚嘆するばかりである。

●地方の大学に長年勤務された著者は、どのようにして、馬琴の膨大な作品の原本を調査し研究されたのであろうか。
「・・・故向井信夫先生の御恩は忘れられない。先生のお部屋にびっしりと並んだ、草双紙と読本を中心とする和本の壁と、何を伺ってもすぐに必要とする書をさっと取りだして下さった先生のお姿は、今も眼前に焼き付いている。・・・地方の大学に奉職し、長距離通勤を余儀なくされていた身が馬琴の著作を博捜できたのは、ひとえに向井先生のお蔭である。・・・」
研究の途上で、このような、廻り合わせがなければ、おそらく、このような、目を瞠るような成果は望めなかったと拝察する。もちろん、いくら、条件が良くても、それを吸収し、開拓する主体の知恵と情熱がなければ実りは望めないだろう。

●板坂氏は、馬琴を研究するにあたって、「一つの作品を内側から丁寧に読み込み、読者、又は時代に依る読みの可能性を探る手法は採っていない。戯作の外側、たとえば、板本や稿本から作品の創作過程を辿り、・・・」馬琴文学に迫ろうとした、とも述べておられる。その成果がみごとに実を結んでいる。私は、かつて、『占夢南柯後記』の研究を拝読した時、大きな感動を覚えたことを忘れられない。

●故向井信夫氏の旧蔵書、戯作類の原本4000作に及ぶコレクションが、一括専修大学図書館に移譲されたというが、この際にも板坂氏の御尽力があったと、新聞で知った。これも嬉しい。

★本書の詳細→http://www.ksskbg.com/sonota/shin.htm


■■板坂則子氏著『曲亭馬琴の世界――戯作とその周縁』