高野辰之編 『和英併用 机上辞典』

●こんなにも、復刊を望む、高野辰之編 『和英併用 机上辞典』とはどんな辞典か。初版は、昭和7年(1932)9月18日発行、その特色は、文学博士・高野辰之氏と、辞典作りの鬼才・加島謙次氏の協力で創案された。以後、絶える事無く版を重ねて戦後に及ぶ。

●私が、誠文堂新光社の辞典部の責任者としてこの辞典に関与したのは、昭和55年(1980)1月10日発行の全面改訂版である。私は、この長い伝統と、優れた特色を持つロングセラーの内容を一新するための3年計画を立案し、社の許可を得て改訂作業に着手した。辞典部員は、5名、それに大学生のアルバイト5名。国文・英文・独文の3年生以上の大学生に依頼した。1年間は、徹底的に収録語の調査に傾注した。20万語・16万語・8万語・5万語・4万語の国語辞典を調査、これに50万語の辞典と、外来語の辞典を参照して収録語のベースをつくった。さらに外来語辞典・現代用語辞典・雑誌・新聞から用語を採録した。流行語は、辞典部全員で話し合って採否を決めた。

●この辞典に対する私のコンセプトは、〔動く現代実用辞典〕である。収録語数46000、一字漢字4470(索引付き)、写真・図版630。27の附録を収録し、世界通貨一覧も入れて、変動制相場に対応し、毎月修正した。また、多色刷の日本・世界地図も入れて、鉄道や国名の変更も定期的に修正した。変体仮名一覧表も入れたがこれは私の好みである。

●日本語には、ア行・カ行・サ行・ラ行、と言葉の数の割合がある。この比率は厳密に調整して、46000語を収録しなければ欠陥辞典になってしまう。書店で辞典を見て、ヤ行・ラ行の語が極端に多かったり、少ないのは、欠陥辞典だと思う。和英併用とあるように、この辞典には英語が入っていてカタカナの発音が付いている。この英訳は、大久保先生に全面的に改訂して頂いた。新しく収録した語釈は、小沢先生・川口先生・清水先生・平林先生などに執筆して頂いたが、最終的に私がチェックした。語釈は簡略を旨とし、現在での使用頻度順に掲げた。最下段に掲げられたペン字は、斯界の第一人者・三上秋果先生の筆になるもの。祖師谷にお住まいの先生にも何回もお会いしたが、素晴らしい人柄の先生だった。

●この『机上辞典』には、様々な特色がある。思い付くままに列挙すると、見出し語のアンチックは、本辞典のみの特殊母型を使用している。教育漢字・常用漢字人名用漢字・表外漢字等を示す括弧も特殊専用母型である。これらの特殊活字を使用することによって、紙面が引き締まって充実感が得られる。収録語には英語を付け、草書体のペン字を付けた。

●本文整版は新興印刷株式会社、本文製版は株式会社近藤写真製版所、本文印刷は開成印刷株式会社、本文用紙は北越製紙株式会社、製本は藤沢製本株式会社、である。近藤写真製版は諸橋先生の『大漢和辞典』を担当している。開成印刷は日本のオフセット印刷の草創期からの伝統的な会社。この辞典の用紙は市販している物ではなく、特注品で北越製紙に発注。これは大量に印刷しなければ出来ない事である。製本は藤沢製本であるが、この辞典は1折が16頁ではなく32頁である。この32頁折の仕上がりは、実にみごとであった。32頁折の出来る製本所は少ない。この藤沢製本では、映画『沖縄の少年』の撮影の時、田中邦衛と写真を撮ったこともあった。32頁を3面付けて、全紙に印刷する。従って、編集は、その倍数の頁に納まるように計算して原稿を仕上げる。初版5万部とか大量に印刷・製本するので、ロスの無いような原稿を作らなければならない。私は、この全面改訂版を仕上げた時、髪の毛がグンと薄くなった。

●『机上辞典』は、組版も製版も印刷も用紙も、超一流の方々が関与して造られていた。全面改訂版には、高野辰之博士のベースはあるにしても、殆どが誠文堂新光社辞典部の編纂であり、その中心に私はいた。編集製作費、約1億円、今から30年前である。私は、寝食を忘れて、この実用辞典の全面改訂に取り組んだ。そして、無事に発行した後、昭和女子大学へ移ったのである。この時、社では、この辞典のノーハウを全て、後任者が実行できるようなマニアルを作って、支障の無いようにする事で、退社を認めてくれた。私は、全てを記したノート3冊を提出した。当然、昭和女子大へ移った後も、協力してきた。

■■『机上辞典』 デラックス版 これは私の装丁である。