久米美術館

●昭和39年、『文学研究』第19号に第一論文「『可笑記』と儒教思想」を発表した。まず、久米様に見て頂きたく、目黒の久米邸へ伺った。しかし、お手伝いさんだけ居られ、奥様は3日前に調布へ転居されました、間もなく私も参ります、との事。雑誌を奥様に差し上げて下さるように、お願いして辞去した。当然、奥様から御返事はもらえなかった。

●それから、30年間も経過してしまった。吉川弘文館の『久米邦武文書』を購入して、その編者が久米美術館であることを知った。問合せると、目黒駅近くの久米邸の所に美術館はあった。初代館長は久米晴子様であったが、既に御他界の由。私は、早速、美術館へお伺いし、最初に出した本と最新の本を奥様の墓前にお供えして下さるよう、学芸員の方にお願いした。

●久米邦武のお子さんが、久米桂一郎で、画家であることも知っていたので、美術館は納得したが、大変な失礼をしてしまった。奥様は許して下さるだろうか。

■目黒駅近くの久米美術館