創作  と 研究 

●日本文学研究者が研究活動をしているうちに、創作意欲が湧いてきて、詩や短歌や俳句や小説を創り始めることがある。それとは逆に、詩や短歌や俳句を創っていて、試論や歌論や俳句論や詩歌史などの研究に乗り出すケースも少なくない。

●私の尊敬する横山重先生は、はじめ、島木赤彦指導のもとで、短歌を創っておられた。後には、古典文学の研究に移られ、膨大な業績を残された。先日、短歌雑誌『あかね』を主宰される、若宮貞次先生から『連作と現代短歌』(平成17年2月1日、短歌新聞社発行)を頂いた。伊藤左千夫長塚節、島木赤彦、中村憲吉、斎藤茂吉土屋文明、五味保義などの連作短歌を分析しておられる。それに御自分の連作を加えて、研究されている。

●若宮先生の申されるには、お若い頃、西尾実先生の論文や著書を愛読されたという。そう言われてみれば、若宮先生の短歌の分析の方法には、何やら、西尾先生の、主題・構想・叙述の面影がある。西尾先生の御研究の特色は、ものを体系化するところがあると、私は思っている。「ことば」と「文化」の関係など実に魅力的だったと思う。

●私は、法政大学で西尾先生に教えて頂いた。『徒然草』の演習など、見事であった。晩年だったからか、常に助手を従え、先生は、ただ座って、テキストも持たず、目を瞑っておられた。学生が本文を読むと、1字といえども誤読は見逃されなかった。先生は徒然の本文を諳んじておられた。読書百遍義自ずからあらわる、である。

●ある時、私は、偶然、西尾先生と2人だけでエレベータに乗った事があった。先生の紺のスーツには、白墨の粉が少しかかっていた。20秒か30秒か、1学生にお声を掛ける資格も無い。先生は、そこに立っておられるだけで、大きな、大きな「存在」だった。この一瞬の出来事は、何時までも私の脳裏から消えない。先生は中世、私は近世、それ以上の深い関係は無かった。

若宮貞次著『連作と現代短歌』